株式会社フジキンは、宇宙ロケット用バルブ、原子力用バルブ、半導体用バルブ等の特殊バルブ機器や特殊精密流体機器の研究開発・設計・製造・販売・サービスを事業活動としています。

バルブとは、流体(気体と液体の総称)を通したり止めたり絞ったりするために、流体の通路を開閉できる「しくみ」をもつ機器の総称です。用途、形式、種類などを表す修飾語がつく場合には、「弁」という用語を使うことがあります。例えば、汎用弁、玉型弁、二方弁などといいます。おもに流体の放出・消費を制御するバルブ類は「栓」(Plug)とも呼ばれます。給水栓、ガス栓、消火栓などです。
バルブの種類詳細»
バルブは私たちの衣食住と密接な関係を持っています。現代の衣類は天然繊維と化学繊維で構成されていますが、これは、化学産業・石油産業・電力産業などの目覚ましい進歩による成果によるもので、バルブはこれらの産業の重要な一翼を担っています。食生活もまた、生産・加工・保存・輸送技術の発展により、バラエティに富んだものとなっています。この背景には、化学・機械・電機・造船・運輸・通信など諸産業の発達があり、ここでもバルブが重要な下支えをしています。
バルブが使われている設備詳細»
バルブの起源をたどると、紀元前1000年ごろの古代エジプトの遺跡から発掘されたコック(回転できる円すい、または円柱状の部品を本体内に収めて、流体遮断などを行う機器)と推定される木製のものまでさかのぼることができます。古代ローマ時代には、すでに貴族の家に水道のパイプが敷設され、その出口には青銅製のコックが付いていました。金属製のバルブは2000年以上も前から実用化されていたのです。
わが国でも、酒樽などにみられる栓はかなり古くから使われていましたが、金属製のバルブが登場したのは1863(文久3)年、紡績用ボイラが輸入されたとき一緒に入ってきたのが最初といわれています。製造されはじめたのは明治に入ってからで、横浜市が1885(明治18)年に水道事業を開始、続いて東京ガスの事業化などにより、バルブ製造工場が作られるようになりました。大正の初期までは、水道・ガス・紡績用の青銅弁が需要の中心でしたが、第一次大戦後、わが国の産業が急速に発展するとともに、バルブも鋳鉄・鋳鋼性などと品種を広げ、その役割も高まってきました。そして、第二次大戦後は、復興建設資材として直ちにバルブの生産が開始され、諸産業の急激な発展のなかで、設備高度化を支えるためいろいろな種類が生み出され、その用途も拡大しました。
「バルブの日」は、一般の方にも広くバルブについて知っていただくことを目的に制定されたもので、今後は「バルブの日」に伴い、さまざまなバルブに関するイベントを計画・実施し、バルブ産業の地位向上をめざしてまいります。「バルブの日」の制定にあたっては、当会会員企業からの多数の応募の中から、広報委員会における慎重審議の結果、当会が「日本弁工業会」として発足された日:3月21日(昭和29年)に決定いたしました。
資料参照・社団法人バルブ工業会